この場を作る勇気の源

世話人コラム第一回で、この場を作る勇気の源について書きましたが、大切なことが、書かれていなかったので、今回、書き足します。

母の看取りの後で、生活保護の申請を手伝う団体に参加していた時に、メンタルが苦しくなって、仕事がうまくいかなくなり、仕事がうまくいかないので、メンタルがますます苦しくなって、仕事を辞めざるを得なくなり、生活保護を受けることになった人達に、何人かお会いしました。親しくなれる時間が持てた方達と話をすると、みんな、自分のことを、気取らず、飾らず、ありのままを、私に話してくれました。そのような態度で、私に接してくれたのは、私が、片足が不自由であることに気づいた、その方達の優しさだったのではと、私は思っています。

正直、そのような方達と、私は、友達になりたいと思いました。この方達は、共に生きる、仲間だなと、出会ったことを、嬉しく思いました。お酒を飲んだり、食事をするのは、こういう人達と一緒にしたいと思いました。その当時は、そのような関係になることは、団体で禁止されていたので、その後に、再会する機会は持てませんでしたが、私の連絡先を教えれば良かったなと、後悔しています。

その方達が話してくれたことから、私が知ったのは、その方達の多くが、子供の頃、家庭の温かさに恵まれていなかった、中には、虐待のような境遇の中で育ったということです。とてもつらい子供時代を、過ごしたということです。その方達が抱える、メンタルの障害は、子供時代に受けた、心の傷の影響を無視できないのではと、私は思っています。

そのような心の傷があると、つらいことがあると、人より強く反応してしまう、いつまでも抱え込み続けてしまうのではと、私には思えました。心に、癒えない深い傷をずっと抱えて生きてきたなら、そうなるのは、仕方ないだろうなと、私は思います。

医療や相談が役に立つこともあるでしょう。
でも、自分の心の奥にあるものと向き合う作業は、誰かに代わってもらうことはできません。
自分の心の傷を本当に癒せるのは、自分自身の力なのではと、私は感じています。そのために、
自分自身の心のありのままを、自分自身で分かるために、書いて言葉にしてみること、
つらさ、苦しさ、哀しさを共感できる、共に生きている仲間がいることを、感じること、
自分とは共通しないつらさ、苦しさ、哀しさを抱えて生きている仲間のことにも、気がつくこと
が、必要と思っているので、この辛さマジる場は、存在意味があると、私は信じています。それが、この場を作る勇気の源です。

私が参加した生活保護の申請を手伝う団体で、その団体のリーダークラスの人に、「生活保護が受給できるようになっても、生活保護が必要になった原因は、何も解決されていないですよね?」と質問したところ、「私達に、何ができるんですか?」との答えを受け取りました。辛さマジる場は、それへの、私なりの答えのつもりで、作りました。

この辛さマジる場が、誰かの心の傷を癒すのに、少しでも役に立てれば、嬉しいです。

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