「にあんちゃん」

世話人コラム第一回では、私が辛さマジる場を、どうして作ったのかについて中心に書きましたが、それに続いて今回は、私が思う、辛さマジる場の、芯としたいことについて、詳しく書きます。

その芯とは、世話人コラム第一回に書いた、「つらさ、苦しさ、哀しさを共感し合える仲間が、共に生きていることを、感じられることが、生きる元気や勇気の為に大切なのだ。」です。この思いは、私の心の底に、50年くらいの間、こびりついています。

私は、二十歳前後に、高史明さんという、在日朝鮮人の作家が、今は廃刊された、朝日ジャーナルという週刊誌に書いた文章を、偶然に読む機会がありました。作家となる前に、在日朝鮮人という出自に基づき社会運動に心身を捧げて活動していた高さんは、突如、日本社会に対する社会運動には在日朝鮮人は適さないと、宣告され、それまで心底のめり込んできた社会運動から排除され、生きる意味を見いだせなくなり、深い絶望に落ち込みます。その絶望の淵で高さんは、「にあんちゃん」という、在日朝鮮人の、小学校低学年の安本末子さんという少女が書いて、出版された日記(今でも、角川文庫で読めます)に出会い、魂の救いを感じました。例えば、「にあんちゃん」の中の、安本末子さんが行った銭湯で出会った、三人連れのこじきの親子について綴った、こんな一節です。


「私は、自分がびんぼうのせいか、このような人を見ると、むねがはりさけそうでなりません。すがたやみなりがきたないばっかりに、なんでもない人たちから、きらわれ、にくまれるのです。おなじ人生でありながら、人からにくまれ、ばかにされて生きるとは、どんなにつらいことでしょう。こじきになろうというくらいのことですから、いままで、そうとうのくるしみや、かなしみがあったことでしょう。死んでしまった方がましだ、と思ったことはないでしょうか。きっと、なんどもなんども、あったことでしょう。でも、生きてきたのです。私は、三人のでて行ったあとを、かなしい心で、じっと見つめていました。今夜は、どこでねるのでしょうか。なにか食べるものはあるのでしょうか。あしたはあしたで、またどこかで、みんなからにくまれたり、つめたくされたりするのかと思うと、かわいそうでたまりません」

安本末子さんという小学校低学年の少女の書いた、このような文章に、高さんは、自分のつらさを通じて、他の人のつらさを思いやる、自分がつらいからこそ、他の人のつらさを、深く思いやる、こんな心を持つ少女が現実に、居ることを感じて、心の中に、再び、光を、感じることが、できるようになりました。高さんの心の中に、この少女の存在が、埋め込まれることで、高さんは、つらさに耐え、生きていく力を、得ました。

文章が伝えたのは、この少女の存在です。高さんは、文章により救われたのでなく、こんな言葉を発した少女の存在に、救われたのだと、私は、思います。言葉を通じて、その言葉を発した人の、存在を、生々しく感じる。私は、つらさを抱えて生きている人に、つらさに耐えて生きていく力を芽生えさせてくれるのは、高さんが、小学校低学年の少女の存在に救われたように、つらさを抱えて、共に生きていることを共感できる、仲間の存在である場合が、多いのではと、感じています。

辛さマジる場が、実現したいことの原点は、安本末子さんの「にあんちゃん」が、教えてくれたことです。

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